😈半径5mの人のためにやるのは悪なのでは?

現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)

を読みまして。次の1万円札になる渋沢栄一の本、JRや日経新聞やサッポロビール、みずほ銀行や明治神宮の設立に関わった人だそうです。にわかに信じがたい

そもそもは資本主義の仕組みを日本に取り込む以前に資本主義の欠点を見抜いて論語の考えを経済活動に組み込む事に従事した方、という印象です。その後に連続企業家として400以上の企業の設立に関わったと読み取りました。1人でそんなに出来るものなんですか???

論語とは

論語、学がないのでちゃんとは読んだことがなくて、ついでに読んでいったのですが中国は孔子の教えを弟子がまとめた書籍が「論語」、章毎に教えの内容は変わるのですが「子曰く、」で始まる文章集ですね。特に「仁 = 人を思いやる心」を説いた内容が広く行き渡っているかと思います。

日本人が当たり前だと思っている事の

  • ご飯を踏み潰してはいけない
  • お年寄りに席を譲る
  • 人を思いやる心は大事
  • お天道様が見ている

なんかは論語の流れで来ている考えかと。これも渋沢栄一のおかげなのかも?

論語と算盤の感想

論語を踏まえて再度考えてみると「算盤」の部分が自分はおろそかになっているし、そこを変えていくと良い状態になるのかなと。

正直なところ自分の利益がわからなくなっています。自分の半径5mの人が良くなれば利益だと考えていたし本心だったけど何かが間違っていると変わってきた。

半径5mの人のために活動を行えば行うほど満たされない気持ちが募ってくる。自分とは無関係の部分で不機嫌になっているだけで自分が満たされない気持ちになる。そうなるともがき苦しむけど自分とは関係がない部分なので体力や労力の問題で行動できなくなり、ぶっきらぼうな態度をとり「あんなにしてやったのに失礼な奴だ」と切り替えてしまって負の連鎖に陥ってしまう。なによりも自分自身に主体性がなく何がしたいのか解らない状態に陥る。

本来であれば自分が心の底から機嫌が良くなれば自然と半径5mの人は機嫌が良くなってくるし相乗効果として成長できるのではなかろうか。 他人じゃなくて自分自身の利益をベースにして無限の動力となりえる自分自身の情熱に従っていくべきように思う。

半径5mの人のためにやるのは悪なのか?

目的にしてはいけないと思う。目的の途中に作る目標は有りだ。

少なくとも自分はそう思うが、違う考えを持っているのは否定しないし否定はできない。

「資本主義というベースから人にやさしくする事」を組み込んだ 渋沢栄一

以前の記事にも書いた二宮尊徳 (二宮金次郎とも言います)

「自分の事になる事をすれば人のためになります」と説く二宮尊徳

仁 = 人を思いやる心、が大事だけども、主体が仁だとおかしくなる。と読み取った。

稼ぐ事、算術をベースにしたり、自分の利益になる事をベースに考えて、それから仁を見せなければバランスがおかしくなる。

道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である

二宮金次郎の言葉

この言葉がやっとしっくりきた。

補足

自分の利益がお金ではない別のところにあるけど解らない状態、やりたい事が解らない、情熱の向ける先が解らないのであればこれが参考になるので紹介

「情熱を探そう」というアドバイスはもうやめよう

この考えは心の支えです

投稿者: soramugi

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